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連載企画:会社の労務管理はしっかり!⑨

 本連載では、労働時間管理から始まり、各種労働時間制度、休日・休暇制度、法改正動向、ハラスメント対応、メンタル不調者対応、そして退職・解雇のリスク管理まで、企業実務で問題となりやすいテーマを取り上げてきました。一見すると個別の論点のようですが、実務の現場で見えてくるのは、これらは全て「一本の線」で繋がっているということです。その線の中心にあるのが「労務管理をどう設計するか」という視点です。
 「労務管理をどう設計するか」はイコール「企業がどこまで責任を負うのか」という問題に帰着します。労働時間を適切に把握しているか、制度の導入・運用は適法か、職場環境を安全に保っているか、解雇は客観的合理性を備えているか。どの場面でも、問われるのは「企業としての説明可能性」です。

1 労務トラブルはなぜ起きるのか

 多くの労務紛争を見てきて感じるのは、トラブルの原因は「悪意」よりも「曖昧さ」にあるということです。
 ルールはあるが運用が徹底されていない、管理職ごとに対応が異なる、記録が残っていない、その場の判断で例外処理を重ねている等といった曖昧さが、問題が顕在化したときに「会社としてどういう基準で判断したのか」が説明できなくなります。
 多くの裁判例の蓄積から言えることは、裁判所が重視しているポイントは、結論そのものよりも「判断過程」であるという点です。日常の積み重ねが、そのまま紛争時の評価につながっているといえます。

2 戦略的労務管理の三層構造

 労務トラブルを防ぐための戦略は、三層構造で考えると整理しやすくなります。

⑴ 制度設計層 ― ルールを整える

 まずは土台となる規程の整備です。
 就業規則の最新化、各種労働時間制度の適法導入、ハラスメント防止規程、休職・復職規程、解雇事由の明確化等、会社としてルールを明確に整えておくことが、労務管理における土台となります。
 これらの規程整備において、法改正への対応は重要となります。2019年以降は働き方改革を核とした労働時間の上限規制、有休消化義務、柔軟な働き方へと新たな制度が導入されてきています。特に、育児・介護休業に関しては、2017年以降に法改正が何度も行われており、規程の更新が追い付いていない企業を目にすることが非常に多いと感じています。また、2026年に予定されている労基法改正は、労働時間規制や管理方法に影響を及ぼす可能性があります。形式的整備ではなく、実際の運用に即した見直しが求められるところです。

⑵ 運用管理層 ― 日常を整える

 規程があっても、運用が伴わなければ意味がありません。
 客観的な方法による労働時間の把握、面談記録の作成、段階的な指導、公平な評価制度、ハラスメント相談窓口の機能化等、整備した規程を適正に運用していく体制を整えていくことが必要となります。
特に、メンタル不調や退職・解雇に発展する事案では、「どのような指導をしてきたか」「どんな配慮をしたか」という履歴が極めて重要になります。

⑶ 組織文化層 ― 風土を整える

 最も見落とされがちなのが、この層だといえます。
 ハラスメントやメンタル不調、退職トラブルの背景には、組織文化の問題が潜んでいることが少なくありません。過度な長時間労働が常態化していないか、管理職が孤立していないか、意見を言いづらい空気がないか等を整え、労務トラブルが起きにくい組織文化・風土を整えていくことが、制度と運用だけでは防ぎきれない部分を補完してくれるといえます。

3 経営戦略としての労務管理

 労務管理は、これまで「リスク回避」の文脈で語られることが多くありました。しかし、これからは「経営戦略」としての視点を持つべきだと考えています。
 適切な労務管理は、採用力の向上、定着率の改善、従業員エンゲージメントの向上、企業ブランドの強化等につながります。逆に、労務トラブルが表面化すると、個別事案における金銭的損失だけでなく、企業に対する信用の毀損という形で長期的な影響が生じてしまいます。
 今後、企業を取り巻く労務環境はさらに変化していくことが予想されます。働き方の多様化、副業の拡大、デジタル管理の高度化、ハラスメントへの社会的厳格化、メンタルヘルスへの高い関心等は、メディアでもよく取り上げられているところです。従来型の「画一的管理」では対応しきれない場面が増えるでしょう。これから企業に求められるのは、「柔軟でありながら公平」「個別性を尊重しつつ一貫性を保つ」運用です。
 労務管理については、人事部門に一任している企業も多いかと思います。しかし、労務問題は、人事部門だけの問題ではありません。
 人件費は最大のコストであり、人材は最大の資産です。労務管理は、財務・事業戦略と並ぶ経営の柱であるといえます。重大事案は経営判断として関与すること、定期的に労務状況をレビューすること、予防的に専門家を活用すること等の姿勢を経営者が持つことが、長期的な安定経営につながります。

4 予防法務という選択

 最終回にあたり、企業の皆様にお伝えしたいのは「予防法務」という考え方です。
 問題が起きてから対応するのではなく、規程を定期的に見直す、管理職研修を実施する、重要案件は事前に相談する、労務監査を行うといった取り組みにより、紛争の発生確率そのものを下げることが可能です。

 

 

 本連載では、労働時間管理から解雇リスクまで、企業実務の核心部分を取り上げてきました。連載に共通するメッセージは一つです。

 「その場対応」ではなく、「仕組みで守る」

 労務管理は、負担ではなく、企業の未来を支える基盤だといえます。制度を整え、運用を磨き、文化を育てるという積み重ねが、トラブルを未然に防ぎ、持続可能な組織をつくります。
 本連載が、皆さまの組織づくりの一助となれば幸いです。

 

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