この問題は、すべての保険代理店が抱えている問題ではないでしょうか?募集人が独立や移籍などをきっかけに退職する場合、退職後にその募集人が従前の保険代理店で得た顧客情報を使って、顧客に営業をかけ、契約の解除や移管という事態に発展してしまうということがあります。このような事態は、保険代理店にとっては、大きな損失になるため、事前に対策を取っておきたいところです。
そこで、今回は、募集人の退職に伴う顧客情報の取り扱いについて、解説したいと思います。そして、具体的な対応策も紹介したいと思います。
そもそも、退職した募集人による顧客情報の持ち出しは違法行為ではないかという問題があります。顧客情報の持ち出し方法として、顧客情報の入ったファイル、USB、パソコン、スマホなどを持ち出すということが考えられます。この行為は、明らかに刑法上の窃盗罪に該当します(ただし、ファイル、USB、パソコン、スマホ等が保険代理店のものであることが前提です。)。もっとも、このような行為は、明らかに証拠が残りますし、リスクも高いため、あまり行われることはありません。
よく行われる持ち出し行為としては、データ自体の持ち出しです。基本的に、保険代理店は、顧客情報をデータで管理していると思います。そこで、そのデータ自体をメールで自分のスマホ、パソコンに送って、データを持ち出します。実は、この行為は、先ほどの窃盗罪には該当しないのです。しかし、不正競争防止法違反にはなる可能性があります。
不正競争防止法違反に該当するためには、募集人が持ち出したデータが「営業秘密」に該当する必要があります。そして、この「営業秘密」に該当するためには、
①秘密として管理されていること(=秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(=有用性)
③公然と知られていないこと(=非公知性)
という3つの要件を満たす必要があります。そして、募集人による顧客情報の持ち出しにおいて最も問題になるのは、①秘密管理性です。②③については、基本的に認められることが多いでしょう。
しかし、①秘密管理性については、会社内で顧客情報を具体的にどのように管理しているかで判断されます。従来から言われていることとしては、アクセス制限の有無と客観的認識可能性です。アクセス制限とは、情報へアクセスできる者が制限されているということです。客観的認識可能性とは、情報にアクセスした者に対し、この情報が営業秘密であるということが認識できるようにされていることです。
この点、保険代理店の場合、一般的に従業員全員が顧客情報へアクセスできるため、①秘密管理性が認められないという可能性が非常に高くなります。もっとも、場合によっては、全員がアクセス可能であっても、客観的認識可能性の点でしっかりと対応をしている場合には、「営業秘密」に該当する場合もあります。たとえば、情報それ自体に誰が見てもわかるように「営業秘密」であることを表示していたり、そもそもアクセスする際にパスワードがなければ閲覧できないようにしていたりなどです。ただし、パスワードを退職者が出ても変更しなかったり、従業員全員がパスワードを共有しているなど、その運用面で形骸化している場合は、①秘密管理性が否定される場合もあります。
このように、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するためには高いハードルがあることを知っておいていただいた方がいいかと思います。
その上で、実際、何をしておけばいいのか。具体的な対策についてお話したいと思います。
まずは、入社時と退職時にしっかりと誓約書を取り交わすことと就業規則の定めを行うことです。在職中に知り得た顧客情報を持ち出さないこと、持ち出しが発覚した場合の違約金の合意、その他顧客情報の外部への開示の禁止などです。
実際、このような合意書の規定や就業規則の規定に基づく損害賠償請求が認められた事案もあります(ただし、募集人が入社前から個人的なつながり(親戚・友人等)によって顧客となった人の情報の場合は、損害賠償請求が認められない場合もあります。)。
次に、業務上使用するパソコン、スマホなどの電子機器類について、個人用と仕事用を明確に区別することです。最近多い事例としては、個人のスマホを業務用としても使用しており、顧客情報が個人のスマホの中に入ってしまうという事例です。それを防止するためにも、保険代理店側からきっちり業務用のスマホ、パソコンを支給し、個人のスマホ、パソコンを業務に使用させないようにすることです。そうすれば、退職時に支給したスマホとパソコンを回収すれば、顧客情報の持ち出しを一定程度抑えることができます。
他にも、一人の顧客に対する担当を1名の募集人のみにするのではなく、複数人体制にするとか、退職が決まった時点から引継ぎをきっちりさせるなどの対策も考えられます。また、募集人の独立の意向なども早い段階から把握しておき、独立時の契約の移管の問題などを早めに話し合っておくことも重要です。
最後に、様々な対応策をお伝えしてきましたが、一番の対策は、「どの保険代理店にするかは、顧客が決めること」という基本原理を理解し、顧客から選ばれる保険代理店を組織として構築することです。どうしても、保険代理店は、顧客との関係性において、募集人の属人性が強く出てしまうものですが、それ以上に組織としての保険代理店の強みを顧客に理解していただき、顧客にとって魅力ある保険代理店にすることが最大の対策になると思います。加えて、募集人自身にも保険代理店の組織としての強みを理解してもらい、募集人自身が営業活動に集中でき、契約を取ることができているのは、この保険代理店のサポートがあってこそだと思ってもらうことが大切です。
保険代理店は、顧客や募集人などの従業員等のステークホルダーに対して、その強み、魅力をしっかりと伝えることができる体制を整えることが今後重要になってくると思います。