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連載企画「実践!業態別契約書」⑦秘密保持契約書

 連載企画「実践!業態別契約書」の最終10回目のテーマは、秘密保持契約書です。
 取引開始時などに取引関係の契約書とセットで締結することも多い秘密保持契約書について、その締結する意味や、締結時のチェックポイントについて解説してまいります。

1 秘密保持契約書とは

 秘密保持契約書とは、自社にとって重要度の高い情報を取引等の相手方に開示する場合やその可能性がある場合に、取引の相手方にそのような秘密を守ってもらうために締結する契約書です。Non-Disclosure Agreementの頭文字を取って、「NDA」と略されることも多いです。
 自社にとって秘密にする必要性が高い情報であっても、それを秘密にしなければならない必要性が開示の相手にとって当然にはわからないことはよくあります。また、例えば売買契約の代金を支払わなければならないことは、わざわざ契約書に書かなくても売買契約の趣旨から当たり前のことですが(代金の額は別として)、秘密情報を第三者に開示したり、過失により漏洩してはならないという義務(これを「秘密保持義務」といいます。)は法律上当然に発生するものではなく、契約書で義務付けなければなりません(不正競争防止法など個別の法律で規制がある場合を除きます。)。
 秘密性の高い情報としては、技術、顧客、仕入・製造等の原価、取引先、財務関連、営業等のノウハウに関する情報が典型例と言えるでしょう。前々回の記事で特許発明は公開情報であると解説しましたが、特許の対象となる技術を実際に生産に落とし込んでいる方法やコストカットの方法などは特許とは別のノウハウなので、このような情報はやはり秘密性が高いといえます。情報やノウハウの独占は企業にとって重要な差別化要因ですから、取引上の必要があってこれを開示する、又は知られてしまう可能性がある場合でも、さらに第三者に開示されたり漏洩されたりしては、自社の強みが失われたり陳腐化してしまう恐れがあります。こういった事態を予防するために、秘密保持契約書を締結する必要があるのです。
 したがって、秘密保持契約書は、「流出しては困る情報を開示する側」が準備するのが基本となります。

2 秘密保持契約書の方式 

 とはいえ、秘密を保持させるだけであれば、契約書に秘密保持条項を設けるだけでも問題ない取引もあります。秘密保持契約書は、秘密保持の義務だけではなく、対象となる秘密情報の定義や秘密保持義務の内容を詳細に規定したり、用済みの秘密情報が書かれた紙、データ等の返還・処分、秘密管理の方法、秘密管理の責任者、秘密保持義務に違反した場合の損害賠償等に関する規定などを設けたりする必要があるときに作成されることが多いです。
 また、秘密保持契約書というと契約当事者双方が相互に秘密保持義務を負う形式を取ることがほとんどですが、一方当事者が相手方に対し片面的に秘密保持義務を負う場合には、秘密保持「誓約書」として、一方当事者のみ署名押印をする形式とすることもよくあります。雇用契約の際に従業員に会社の技術情報等の外部への持ち出しを禁ずる等の場合は、こちらの方が主流かもしれません。ただし、秘密保持契約書の形を取っていても、実質的に一方当事者だけが義務を負う建付になっていることもあるので、注意が必要です。 

3 条項・規定ごとの解説

(1) 秘密情報の定義に関する条項

 まず最も重要なのが、秘密情報の定義に関する条項です。「そもそも保持の対象となる秘密とは何か?」がスタートラインとなります。
 情報を開示する側(「開示当事者」といいます。)としては、開示した情報や積極的に開示しなくても相手方が知り得た情報は何でも厳格に管理してほしいので、例えば「受領当事者が知り又は知り得た一切の情報」のような定義の仕方にしたいところです。但し、これはこれで要注意で、定義を広くしすぎると、受領する側(受領当事者)の、特に現場で「何が秘密情報で何が秘密情報がでないのか」の区別が大変になってしまい、かえって管理が中途半端になってしまうリスクもないではありません。
 反対に、情報を受領する側(「受領当事者」といいます。)にとっては、基本的に秘密保持義務を負う秘密情報の範囲を狭くする方が有利です。
 秘密情報であるか否かを明確に区別する方法を定義することもよくあります。「開示当事者から秘密情報であることを明示して開示されたもの」のような定義が典型例です。ただ、紙ベースやメール添付等による開示の場合であれば秘密情報であることの明示もしやすいのですが、口頭での開示の場合、秘密情報だから管理を厳格に、という説明をしたとしても、証拠が残らないので言った言わない論争になりかねません。そこで、口頭での開示が有り得る場合は、秘密保持契約書において、「口頭で開示した場合は、開示の日から◯日以内に文書又は電子メールにて秘密情報であることを通知することを要する」といった規定を設けることがあります。尚、口頭での開示自体、秘密感が薄れてしまう上、管理ができないので、あまりおすすめはしません。開示するならば文書かデータですべきでしょう 

(2) 秘密情報の管理・使用に関する規定

 秘密情報の開示を受けた受領当事者が、開示当事者の同意なく第三者に開示漏洩してはならない、というのは秘密保持契約の性質上当然ですが、これに加えて、目的外使用をしてはならないという規定を盛り込むことがよくあります。ただ、これだけならばわざわざ秘密保持契約書を作る必要はなく契約書の秘密保持に関する規定があれば足りると言えます。
 秘密保持契約書を作る目的の一つに、管理方法を指定することがあります。管理方法を指定することで、そもそも漏洩のリスクを減少させることができる上、現実に漏洩したときに、受領当事者の管理方法が契約と異なることをもって秘密保持義務違反を問うというアプローチを採ることができるためです。
 管理方法の指定の在り方の典型例は、鍵付きの収納庫に収納し、秘密情報の管理責任者において出納簿を作って秘密情報のファイルや収納庫の鍵を管理するといった方法や(紙ベースの場合)、特定の部署や一定の権限を有する者しかアクセスできない共有フォルダに保存するといった方法(データの場合)です。
 秘密情報にアクセスする役員・従業員に、受領当事者と同等の秘密保持義務を退職後も負わせることを義務付ける規定を設けることもあります。この場合、就業規則において秘密保持義務に関する規定を設けるだけでは足りません。就業規則は従業員として在籍しているから適用されるものであり、退職した後は就業規則による縛りを受けないためです。
 また、紙媒体によるかデータによるかを問わず、複製(コピー)をどこまで許容するかも重要な視点です。特にデータの場合、ごく簡単にコピーを作れてしまうので、担当者が何の気なしに元の秘密情報のデータをローカルのデスクトップにコピーしてしまうなどのリスクがあります。データがファイルサーバー上だけに存在しているのと、複数のクライアントPCに存在しているのとでは、後者の方がマルウェア等に感染してPC上のデータが漏洩してしまうリスクが高まるのは当然ですので、データのコピーの作成を制限することは漏洩のリスクを減少させるために重要と言えます。その一方で、コピーを作れないと作業効率が低下することも有り得ますので、厳格に制限しさえすれば良いというものでもありません。このあたりが運用上難しいところです。

(3) 開示可能な範囲に関する規定

 秘密保持契約書でも、取引関係の契約書における秘密保持条項でも、開示当事者の事前同意なく開示できる範囲や、そもそも秘密情報に該当しない範囲の規定を設けることがよくあります。もともと持っていた情報や公に開示されている情報などは、通常秘密情報の範囲から除外されます。
 また、弁護士、司法書士、公認会計士、税理士などの法律系士業は、もともと法律上高度な守秘義務を負っており、秘密が開示漏洩されるリスクが低いことに加え、例えば公認会計士や税理士については財務会計に関する業務上の必要性があること、弁護士については開示当事者と受領当事者とで紛争になった場合に秘密情報を開示できないと適正な紛争処理ができなくなってしまうこと等から、事前同意なく開示することができることを規定することが多いです。
 さらに、裁判所や捜査機関、税務署、監督官庁等から開示を求められた場合も同様であるので、事前同意の対象から除外する規定を設けるのが一般的です。 

(4) 秘密情報の消去・返却に関する規定

 秘密情報は、いくら秘密保持契約書があるからといっても、受領当事者にいつまでも持たせておくと、当然ながら漏洩のリスクが高まります。したがって、用済み後は返却するか破棄するかしてもらわなければなりません。この規定も、秘密保持契約書を作る大きな意味の一つです。
 紙媒体やメディアに載せて提供したのものならば現物を返却、クラウドストレージ経由やメール添付でデータのみ提供したならばそのデータの消去が基本となるでしょう。複製物が消去・返却の対象であることも忘れずに規定しておく必要があります。
 もっとも、返却にせよ消去にせよ、受領当事者が本当に返却・消去したかどうかはわからないと言わざるを得ません。このため、開示当事者が厳格に秘密情報を管理したいならば、返却・消去したことの証明書の提出を受領当事者に要求することができる規定にすることがあります。

(5) 漏洩時の対処及び損害賠償に関する規定

 多くの秘密保持契約書では、受領当事者において秘密情報の同意なき開示や漏洩が発生した場合には、開示当事者に直ちに報告し、共同で対処に当たるような規定を設けます。
 また、漏洩等した場合には、受領当事者は秘密保持契約に違反したこととなり、これは一般論としては損害賠償請求の対象となります。もっとも、損害額の算定はそう簡単なことではありません。このため、開示当事者の側からすれば、秘密保持義務違反が発生したときには損害賠償額の予定又は違約金の規定を設けたいところです。これは受領当事者においてはリスクでもありますが、メリットとなる面もあり、損害額にキャップを設けて青天井化することを避けることができます。 

(6) その他

 ここまで、「開示当事者」と「受領当事者」の両方の立場から秘密保持契約書の条項を見てきましたが、契約書によっては「甲は乙に対し~」のように、一方当事者が他方当事者に対し一方的に秘密保持義務を負う建付になっているものがあります。開示する側と受領する側が完全に固定されているならば問題ないのですが、相互に開示する可能性がある場合は、相互に秘密保持義務を負う建付にするのが妥当でしょう。 

4 まとめ

 以上、秘密保持契約書とは何か、また秘密保持契約書の締結に際して注意すべき事項について解説いたしました。
 情報セキュリティが今後も更に重要度を増すことは間違いなく、企業においても秘密保持の体制をより高度化していくことは避けられません。秘密情報の開示を伴う取引の場合は、開示側受領側を問わず秘密保持契約書をきちんと締結し、これを履行できる秘密保持体制を構築することが重要です。 

5 連載の終わりに

 これまで連続10回にわたり、契約書作成の実務について記事を投稿してまいりました。
 我々は仕事柄契約上のトラブルは多数見てきています。中には、「契約書をきちんと作っていれば、もう少しマシな内容だったら、こんなトラブルにはならなかったのに」という案件がいくつもあります。筆者が契約書について思い入れを持っているのはこれが理由です。
 是非、取引に入る前には契約書が必要ではないか、取引先から提示された契約書が実態に即しているか、自社に不当に不利ではないかなど、一歩立ち止まって考えていただければと思います。
 当事務所は、多数の顧問企業様から日常的に多数の契約書レビューのご依頼をいただいております。新規の契約書作成においても、ビジネスモデルの理解とリスクの分析に基づき、クライアント企業の個々の取引に適した契約書を作成しております。
 契約書は一度締結したら簡単には変更できませんし、トラブルになった後からでは取り返しがききません。契約書については是非、お気軽に、そして事前に弁護士にご相談ください。

(連載終)

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