前回まで、業態別の契約書に関する連載企画を解説してきましたが、今回から、労務管理についての連載となります。第1回目は「労働時間の管理」です。
従業員の労働時間の把握は、割増賃金の支払いや労働者の健康管理のために必要不可欠です。しかし、実際には、労働時間を全く把握・管理していない企業や、従業員の自己申告に任せている企業は少なくありません。
今回は、労務管理の基本となる従業員の労働時間の管理について、その必要性や管理方法等を裁判例等も踏まえながら説明したいと思います。
1 労働時間管理の必要性
労働基準法や労働安全衛生法には、雇用主が従業員の労働時間を把握していないことに関する罰則は定められていません。では、なぜ、労働時間の適正な管理をする必要があるのか。それは
- 未払残業代請求のリスク
- 過重労働による労災等のリスク
の2つが挙げられます。
まず、未払残業代のリスクについて。2020年4月に民法が改正され、未払残業代の消滅時効が2年から3年に延長となりました。未払残業代が発生した場合に、企業が支払義務を負う金額が1.5倍になったということになります。また、働き方改革の一環として2019年4月より、改正労働安全衛生法が施行され、労働時間の客観的な把握が義務化されました(同法66条の8の3)。この流れを受けて、近時、労働基準監督署の長時間労働に対する取り締まりが厳しくなっており、厚生労働省(監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和3年度))の発表によると、是正勧告を受けて未払残業代を支払った企業数は、令和3年度で1069社、対象労働者数は6万4968人、支払われた割増賃金の合計額は65億781万円に上るようです。1000万円以上の割増賃金を支払った企業も115社あります。
次に、過重労働による労災等のリスクについて。過重労働による労災該当性については、厚生労働省から判断枠組みが発表されており、脳・心臓疾患については「発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価でき、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には業務と発症との関連性は強いと評価できる」とされ、労災認定されることになります(血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の 認定基準について)。また、メンタルヘルスの労災認定基準は、「発病直前の連続した2か月間に1か月あたり概ね120時間以上、または、発病直前の連続した3か月間に1か月あたり概ね100時間以上の時間外労働が認められる場合」に原則として労災認定がされることになります(心理的負荷による精神障害の認定基準の改正について)。そのため、過重労働を原因として、従業員が亡くなってしまったり重大な障害を負った場合には、企業は安全配慮義務違反として多額の損害賠償義務を負う可能性があります。
2 労働時間とは何か
ではまず、労働時間とはどのようなものか、から説明します。
労働時間については、最高裁判決がいくつかありますが、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされており、「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるもの」とされています。そのため、例えば就業規則で「残業は会社の許可制とする」と定められていたとしても、「客観的に使用者の指揮命令下に置かれていた」と評価されてしまうと、労働時間に該当するということになってしまいます。
「客観的に使用者の指揮命令下に置かれていた」といえるかは、
- 時間的・場所的な制限によって労働者の行動への制約の有無
- 使用者からの義務付けの態様・程度
- 労働者の行動に要した時間が社会通念上必要と認められるか
の3つのポイントから総合評価することになります。
労働時間の該当性がよく問題となるものとしては、朝礼、研修・教育訓練、手待ち時間、通勤・出張のための移動時間、健康診断などがあります。それぞれ、判断のポイントは次のとおりです。
- 朝礼:出席が義務であったり、出席しないことによる不利益がある場合(例えば遅刻扱いとされる、人事評価でマイナス評価となる等)には労働時間に該当
- 研修・教育訓練:業務上、参加が義務付けられているものや使用者の指示によって業務に必要な学習を行う時間は労働時間に該当。自由参加の場合には該当しない。
- 手待ち時間:具体的な作業を行っていなくても、使用者の命令で待機・拘束されている時間(電話番・来客当番等)は労働時間に該当。
- 通勤・出張のための移動時間:一度出社した後に客先に向かう場合や、移動中に物品の監視など別段の指示がある場合には労働時間に該当。
- 健康診断:特定の事業において特別に定められている健康診断は業務遂行に必要なため労働時間に該当。毎年企業に義務付けられている健康診断は該当しない。
3 労働時間の管理方法
厚生労働省の『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン』によると、労働時間の管理は原則として、
- 使用者が、自ら現認することにより確認すること
- タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として、適正に記録すること
のいずれかにより行われるべきとされています。使用者が現認することは現実的に困難な場合が多いので、客観的な記録を取る方法を検討する必要があります。
「客観的な記録」として用いられているものとしてタイムカードの打刻がまず思いつくと思いますが、最近では、クラウド型の勤怠管理システムを導入している企業も多くなってきています。クラウド型の勤怠管理システムであれば、記録した労働時間を給与計算システムと連携させて自動で給与計算を行えたり、有給休暇の申請、残業申請、シフト管理などの業務をまとめて処理することもできるので、非常にお勧めです。残業時間が一定程度を超えた場合には、本人や管理者にアラートを出す機能が付いていることも多く、過重労働を使用者側が管理しやすいという側面があるためです。
ただ、重要なことは、システムを導入すればよい、ということではないという点です。打刻後にサービス残業をしたり、本人以外によるタイムカードの不正打刻がされる可能性もあるので、重要なのは、管理者が従業員の実際の労働時間や業務内容をチェックして打刻時間の正確性を確認する、残業申請期限を定めて許可制にする、そもそも残業が必要とならないように業務量の調整を図る等、適正な労働時間管理のための体制を整備していくことも検討すべきです。
また、タイムカード等の客観的な記録を用いて労働時間の管理を行っているにもかかわらず、実際に給与計算をするときに15分未満の残業は切り捨ててしまっている企業も多く見かけます。労働時間は1分単位で管理しなければなりませんので、残業代も1分単位で支払う必要があるのです。ただ、こういうと例えば始業時間の数分前に出社して打刻されている場合、終業時の片付けが遅れて終業時間を数分過ぎて打刻されている場合にも、この数分の残業代を支払わなければならないとなると、企業側の管理も大変だと思います。そのようなときにお勧めなのが、固定残業代制度の採用です。
4 固定残業代制度の注意点
固定残業代制度を採用している企業は比較的多く、法務DDを担当していても多くの企業が採用しているように思います。ただ、誤った運用をしていると、多額の未払残業代を負うことになりかねないため、最高裁判例の枠組みに従った適正な運用が重要です。
まず、最高裁判例では、固定残業代が有効となる要件として
①通常の労働時間の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分が明確に区分されていること
②固定残業代が割増賃金の対価として支払われているかどうか
という2つを挙げています。
例えば、労働条件通知書に「基本給35万円(固定残業代を含む)」や「基本給35万円(20時間分の固定残業代を含む)」という記載がされている場合、固定残業代制度が無効と判断されることになります。このような表記では、そもそも何時間分の固定残業代なのか、基本給がいくらで固定残業代がいくらなのか、ということが分かりません。
また、企業の中には、固定残業代の中には時間外労働、深夜労働、休日労働の残業代の合計が含まれている、という賃金規程を定めているところもありますが、これも問題があると判断された裁判例があります。このような規程では、固定残業代が時間外労働、深夜労働、休日労働の残業代のどれに充当されるかが明確ではないためです。
つまり、最高裁判例やその他の裁判例からすると、「基本給35万円(所定外労働時間20時間分の固定残業代5万円を含む)」という記載が、正しい固定残業代の定め方となります。
企業によっては、「営業手当」、「乗務手当」、「静勤手当」など別名目で支給されている場合もありますが、別名目で支給する場合には、賃金規程等において、〇時間分の時間外労働に対する固定残業であるということを明確に定めておく必要があります。
また、固定残業代の対象時間が36協定で認められている労働時間の上限である1か月45時間を大幅に超えている場合、公序良俗違反で固定残業代制度が無効とされた裁判例もあります。上記2記載のとおり、過重労働は労災認定のリスクも高まりますので、固定残業代制度を採用するとしても45時間までとするのが望ましいと考えます。
もし固定残業代制度が無効だと判断された場合、固定残業代としての支払いが認められないため、企業が固定残業代として支払っていたはずの金額が実際には支払っていないということになってしまい、全ての残業時間について改めて残業代を支払わなくてはなりません。また、企業が固定残業代として支払っていたはずの金額まで基礎単価に含まれてしまい、残業代の基礎単価が想定以上に高額になってしまいます。
固定残業代制度を採用している企業にありがちな誤解として、「固定残業代制度を採用しているので残業代は発生しない」として従業員の労働時間管理を怠っていることです。既に述べたように、固定残業代は、〇時間分の所定外労働の対価でしかなく、定めた上限を超える残業がされた場合や、深夜残業・休日残業があった場合には、別途残業代の支払いが必要となるので注意が必要です。この意味でも、客観的な記録に基づく適正な労働時間の管理・把握は不可欠だと言えるでしょう。
以上、今回は労働時間の管理と固定残業代制度について簡単に説明をしました。労働時間を適正に管理していないことで企業が負うリスクは非常に大きいものがありますが、労働者の自主申告に任せていたり、管理が杜撰になっている企業は非常に多いと感じています。皆様も、いま一度、自社の労働時間の管理状況、固定残業代制度を採用している企業は運用の適法性について、確認されるようお勧めいたします。
ニューポート法律事務所では、企業の皆様からの労務管理に関するご相談も多く受けており、労働条件通知書・雇用契約書の雛形のチェック、就業規則や各種規程のチェック等も行っています。退職した従業員から多額の未払残業代を請求されたという事態が発生する前に、お気軽にお問い合わせいただき、適正な労務管理についてアドバイスさせていただければと思います。









