2026年7月28日に発生した「令和8年熊本地震」を受け、金融庁や全国銀行協会は、被災者向けの金融上の措置を相次いで発表しています。その中でも言及されている制度として、「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」があります。
令和8年熊本地震についても、このガイドラインの適用対象であることが金融庁・全国銀行協会から表明されています。あまり聞き慣れない制度かもしれませんが、中小企業の経営者としては、既往の借入を抱えたまま被災した場合の再建手段として、知っておく価値のある仕組みです。
今回の記事では、このガイドラインの概要について見ていきます。
1 ガイドラインの目的
「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」(以下「自然災害債務整理ガイドライン」といいます。)が生まれた背景には、被災者の「二重ローン問題」があります。阪神・淡路大震災や東日本大震災では、自宅や事業用の不動産が被災して価値を失ったにもかかわらず、それを取得した際の住宅ローンや事業性ローンだけが従前どおり残り、再建のための新たな借入をしようにも二重の返済負担がのしかかる、という事態が各地で生じました。
この問題を解消し、被災者が自己破産等の法的整理によらずに、既存の債務を柔軟に整理したうえで生活や事業の再建を進められるようにすることが、このガイドラインの目的です。平成27年に研究会が発足して策定され、平成28年4月から適用が始まりました。全国銀行協会等が中心となって取りまとめた、民間の自主的なルールという位置づけになります。
2 対象者
対象となるのは、次のような要件をすべて満たす個人の債務者です。個人事業主として事業性ローンを負っている方も含まれます。ただし、法人は自然災害債務整理ガイドラインによる債務整理の対象外です。
・災害の影響により、住宅ローンや事業性ローンなどの既往債務を弁済できない、または近い将来弁済できなくなることが確実と見込まれること
・弁済について誠実であり、財産状況を対象債権者に対して適正に開示していること
・災害発生前に、対象債権者に対して期限の利益を失うような行為(長期の延滞など)がなかったこと
・破産手続や民事再生手続と同等以上の回収が見込まれるなど、債権者にとっても経済的な合理性が期待できること
・事業の再建・継続を図ろうとする場合は、その事業に事業価値があり、再建の可能性があること
・反社会的勢力に該当せず、または該当するおそれがないこと
・破産法上の免責不許可事由がないこと
対象となる債権者は原則として金融機関や貸金業者、リース会社、クレジット会社です。ただし、それ以外の債権者が一律に排除されるわけではなく、後述する登録支援専門家の関与のもとで個別に検討されることになります。
3 手続の流れ
自然災害債務整理ガイドラインに基づく債務整理手続は、おおむね次のように進みます。
①最も多額の借入を行っている金融機関(メインバンク)に対し、手続に着手したい旨を申し出ます。メインバンクは、原則として10営業日以内に、着手への同意・不同意を書面で回答します。尚、メインバンクは一定の理由がなければ不同意とすることはできません。
②同意を得られたら、弁護士・公認会計士・税理士・不動産鑑定士の中から登録支援専門家の委嘱を受けます。なお、登録支援専門家はあくまで債権者・債務者との関係で中立の立場であり、債務者の利益を擁護する代理人という位置づけではありません。
③登録支援専門家の関与のもと、すべての対象債権者に対して一斉に、書面で債務整理の申出を行います。この時点から「一時停止」が始まり、原則として新たな借入や担保提供、一部債権者への個別弁済が禁じられる一方、債権者側も担保権の実行や法的倒産手続の申立てが禁じられます。一時停止の期間は自然災害債務整理ガイドラインによる手続が終了するまでとなりますが、手続は6か月以内に行うものとされていますので、原則として最大6か月間となります。
④登録支援専門家の支援を受けながら、対象債権者との間で弁済計画(調停条項案)を作成します。弁済期間は原則として5年以内とするなど、内容には一定の制約があります。
この調停条項案について、すべての対象債権者から同意(または同意見込み)が得られた場合、簡易裁判所に「特定調停」を申し立て、調停が成立することで債務整理が正式に成立します。逆に、1社でも同意が得られなければ、その時点で手続は不成立となります。
「特定調停」とは、自然災害債務整理ガイドラインが策定されるよりもずっと前から存在した、借金整理専門の調停制度です。自然災害債務整理ガイドラインによる債務整理は、基本的には話し合いベースで行われますが、最終的には裁判所の調停の制度を利用することで、権利義務関係を確定させることになります。
4 メリット
①手続に費用がかからない
登録支援専門家への報酬は原則不要で、特定調停の申立費用も数百円程度と低額です。自己破産などの法的整理では、管財事件になれば予納金だけで数十万円かかることもあるため、この違いは小さくありません。
②信用情報として登録されない
手続が有効に係属している間、対象債権者から信用情報機関(※)へ報告・登録されることはありません。事業の再建に向けた新たな借入のハードルを下げられる点は、経営者にとって特に大きなメリットです。
③手元に残せる財産が多い
破産手続では、原則として全ての資産を手放して債権者への配当(案分弁済)に充てることになり、生活に必要なものとして手元に残せる財産(自由財産)には原則として99万円の上限が設けられていますが、本ガイドラインによる場合、事案にもよりますが、最大で現預金500万円、家財地震保険金250万円等といった財産を残すことが認められています。
④保証人への影響が限定的である
破産や個人民事再生による法的整理を申し立てた場合、その債務の中に保証人がいる債務がある場合は、債権者は全額を保証人に請求します。そもそも保証は主債務者(本来の債務者)が支払えない状況で生きてくるものだからです。これに対し、基本的に保証人に対する請求はなされません。
※信用情報機関とは
金融機関、貸金業者、クレジット会社等が与信の審査をするに当たって、借入を申し込んだ者の他社での借入の状況や延滞等の信用事故に関する情報等を提供する、貸金業法等の法令に基づいて政府から指定を受けた団体。主に全国銀行個人情報センター(全銀協系・金融機関中心)、JICC(貸金業者中心)、シー・アイ・シー(クレジット会社中心)の3社がある。
5 留意点
①この手続は破産や民事再生といった法的な強制力のある制度ではないので、債権者全員の同意が必要であり、1社でも反対すれば不成立となります。
②一時停止が始まるのは債務整理を申し出た後であり、それまでの間は通常どおり返済を続ける必要があります。
③弁済計画には、弁済の期間を原則として5年以内とすることなど一定の制約があり、必ずしも希望どおりの条件で整理できるとは限りません。
④登録支援専門家は中立的な立場であり、債務者の代理人ではありません。手続の見通しをあらかじめ相談したい場合や、法的整理への移行も視野に入れたい場合は、着手の申出前の段階で、別途弁護士に相談しておくことが有益です。
⑤要件を満たさなければ利用できない制度であり、「災害に遭ったら誰でも使える」というものではありません。特に、事業の再建可能性(事業価値)が要件になっているため、事業継続の見通しについて、ある程度の説明ができる状態にしておく必要があります。
以上、今回は自然災害で被災した方を対象として二重ローンを回避するための「自然災害債務整理ガイドライン」をご紹介いたしました。
次回は、実際に災害時に中小企業が直面しやすいトラブルの事例を通じて、平時からできる備えについて解説します。








