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従業員が申し出た退職日を、会社が早めても良いか【後編】

前編の振り返り

 前編では、東京地裁令和7年5月22日判決(労働判例1345号5頁)をご紹介しました。従業員が申し出た退職日(5月15日)よりも早い退職日(4月10日)を会社が一方的に指定したことが、実質的な「解雇」と認定された事案です。裁判所は、本人の同意がない限り、このような退職日の指定は解雇に当たるという見解を示しました。
 会社側は、原告が退職日を4月10日と記載した誓約書に署名したこと、また面談で「解雇ではない」と発言したことをもって、原告が4月10日退職に合意していたと主張していました。しかし裁判所はこの主張を退けています。後編では、その理由を掘り下げます。

誓約書への署名等は「同意」と認められなかった

 3月28日の面談で、原告は誓約書に署名・押印しています。この誓約書には、4月10日をもって雇用関係が終了することを双方が認める旨の条項が含まれていました。会社側は、この誓約書への署名をもって、原告が退職日変更に合意していると主張しました。
 しかし裁判所は、次のような事情を重視して、この署名が原告の真意に基づくものとは認めませんでした。

  • 原告は元々5月15日までの勤務を希望しており、退職日が4月10日に前倒しされれば、1か月分以上の賃金を失うという相応の不利益を被る立場にあった
  • そのような重大な変更であるにもかかわらず、原告は面談の場で初めて退職日の変更を知らされ、その理由や経緯について特段の説明もなかった
  • 面談はわずか10分程度で終了しており、原告が変更を受け入れるかどうかを慎重に検討する時間的余裕がなかった
  • 原告は面談の翌日には労基署に相談し、解雇予告手当を請求するメッセージを送っており、これは4月10日退職に同意していなかったことを裏付ける行動といえる

 つまり、会社が指定した退職日を記載した書面に署名したという外形的な事実だけでは足りず、その署名が本人の自由な意思に基づくものであることを要求したということです。説明不足・検討時間の欠如・その後の行動の一貫性という事情を踏まえて、裁判所は、この誓約書に署名があったとしても真意に基づくものではなく、退職日の変更に有効に同意したとはいえないと判断しました。

 会社側はさらに、退職を前にした4月3日の面談において、原告が担当者に対して「解雇ではない」旨の発言をしたことも、退職日変更に合意していたことを示す事実であると主張しました。しかし裁判所は、「証拠として提出された録音の反訳文は面談の一部を抜粋したものにすぎず、発言の前後の文脈が明らかではない」ということを前提にしつつ、この発言をもってしても、次のような理由から、退職日の変更に対する承諾が真意に基づくものとは認めませんでした。

  • 4月3日の面談自体、原告が退職日への不満を述べていたことを契機に開かれたものであった
  • 面談は1時間程度に及んだにもかかわらず、「解雇ではない」という発言が出たのはその1回限りであった
  • 原告は面談後も、上司に対して「4月10日退職に全く納得できていない」という趣旨のメッセージを送り続けていた

 また、会社側の証人が、「原告が退職日について特段の異議を述べていなかった」とも証言しましたが、裁判所はこれも退けました。異議を述べなかったことと、積極的に同意したこととは別問題であるという価値判断が働いてのことであると考えられます。

前後半を通じて見えてくる実務上の注意点

本判決から、経営者が押さえておくべきポイントを3つにまとめます。

1. 「本人の退職申出」と「会社による退職日の変更」は別問題

 従業員が退職を申し出ていても、会社がその退職日を前倒し(あるいは後ろ倒し)する場合は、本人の明確な同意が必要です。「どうせ辞めるのだから」という感覚で押し切ってしまうと、解雇として扱われるリスクがあります。尚、そもそも退職は単独行為(相手方の承諾を要せず一方的な意思表示で成立する行為)なので、法令に従った退職の意思表示がなされている限り、一方的に(=同意なく)後ろ倒しにすることはそもそも意味がない行為であることは言うまでもありません。

2. 「同意」は、形式だけではなく実質も要求される

 誓約書への署名などといった事実があっても、それだけで安心はできません。裁判所は、①十分な説明があったか、②検討する時間が確保されていたか、③本人が任意に応じたと評価できる状況だったか、という実質面を重視しているものと考えられます。特に、その場で即座にサインを求めるような進め方は、本人の真意に基づく同意と認められにくくなるおそれがあります。

3. トラブルの芽は早期に対応する

 原告は面談翌日にはすでに労基署に相談し、異議を申し立てています。会社としては、この時点で「合意が成立していない可能性がある」と察知し、対応を見直すことができた可能性があります。従業員からの異議や不満の表明があった場合、それを軽視せず、真摯に対応した上書面や録音を含めた形で経緯を正確に記録しておくことが、後の紛争予防・立証の両面で重要です。

まとめ

 いくら従業員が退職を申し出ていても、退職日を会社が一方的に変える行為は、これが解雇であるという取扱いを受けるリスクをはらみます。また、本判決は、退職日の変更に対する「同意」は真意に基づくものであることが必要であり、真意に基づくかどうかは事前説明の有無や検討時間の確保といった関連する事情を踏まえて、実質面を重視して審査されることになります。
 従業員の退職を扱う場面では、たとえ円満な形を意図していても、進め方一つでトラブルとなりかねません。就業規則の退職関連条項や実際の退職手続の運用が、この判決の考え方に照らして問題がないか、一度見直してみることをお勧めします。

 当ニューポート法律事務所では、労働紛争を多数取り扱っております。気になる方は当事務所までお気軽にご相談ください。

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