「従業員から退職の申し出があったので、引継ぎの都合もあり、会社の方で退職日を早めに設定した」
人手不足に悩む中小企業では、決して珍しくない場面ではないでしょうか。従業員本人も退職を申し出ているのだから、退職日を多少前後させたところで問題ないようにも思われます。
このような事案について、今般興味深い裁判例に接しました。今回ご紹介する東京地裁令和7年5月22日判決(労働判例1345号5頁)は、従業員が退職日を明示して退職届を提出したのに対し、会社が一方的に退職日を早めた結果、それが「解雇」と認定され、解雇予告手当と付加金の支払いを命じられました。
この事件の被告は、飲食系のサービス業を営む株式会社です。原告は、この会社の店舗で店舗責任者(店長)として勤務していた従業員でした。
経緯を時系列で整理すると、次のとおりです。
・ 3月23日 原告が上司に対し、「5月15日付で退職したい」と申し出た
・ 3月26日 会社側(代表者・秘書・営業部長・上司)で協議し、原告の退職日を4月10日とすることを決定
・ 3月28日 原告を呼び出して面談(所要時間約10分)。会社は退職日が4月10日である旨が明記された誓約書に署名・押印を求め、原告はその場で署名した
・ 3月29日 原告は労働基準監督署に相談し、「これは解雇に当たる」との回答を得たとして、上司に解雇証明書の発行と解雇予告手当の支払いを求めるメッセージを送信
・ 4月3日 会社側が改めて原告と面談(所要時間約1時間)するも、原告は納得できない旨をその夜のメッセージでも重ねて伝えた
・ 4月10日 原告退職
原告は、5月15日まで勤務するつもりで退職を申し出たにもかかわらず、会社が一方的に1か月以上早い4月10日を退職日と決めたことについて、解雇予告手当(および労働基準法114条に基づく付加金)の支払いを求めて訴えを提起しました。
本件の主な争点は、「4月10日の原告の退職が、3月28日に会社から予告された『解雇』によるものであるかどうか」です。言い換えれば、「本人が申し出た退職日より前の日に会社が退職日を指定した」という行為が、「解雇」に当たるのかどうか、という問題です。
この争点について、裁判所は、一般論として「労働者が退職日を定めて退職を申し入れた場合であっても、その退職日までは労働契約が存続する。したがって、使用者が労働者の申し出た退職日より前の日を退職日と定め、労働者がそれに従って退職したときは、労働者は使用者からの一方的な意思表示によって、自分が申し出た退職日までの労働契約上の地位を失わされたことになる。このような会社側による退職日の指定は、労働者がその指定日をもって退職することに同意した場合を除き、使用者による一方的な労働契約の解約=実質的な解雇に当たる」との見解を示しました。
これに対し、会社側は、就業規則に「自己都合退職は会社の承認が必要」という規定があることを根拠に、会社が退職日を決定する権限があると主張しましたが、裁判所はこれを退けました。就業規則の当該規定は、あくまで自己都合退職に会社の承認を要する旨を定めたにとどまり、従業員が申し出た退職日そのものを会社が変更できる根拠にはならない、という判断です。そもそも従業員には退職の自由があり、退職は使用者の承諾を要する行為ではないので、このような裁判所の判断は当然と言えます。
つまり、「本人が退職を申し出ている」としても、会社が退職日を自由に決めてよいことにはならないわけです。重要なのは、あくまで「本人が会社の指定した退職日に同意したかどうか」です。
他方で、この事件では、原告である従業員は会社に対し、退職日が4月10日である旨が明記された誓約書に署名・押印したという事実があるほか、退職前の面談の際に従業員本人が会社側に対し、「解雇ではない」旨の発言をしたとされています。
では、なぜこれらの事実がありながら「解雇」と扱われたのでしょうか。この点は次回の後編で掘り下げてまいります。








