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連載企画:会社の労務管理はしっかり!⑦

 今回は、労務管理についての連載企画第7回目として、メンタル不調者への労務対応について説明します。
 近年、うつ病や適応障害などメンタル不調を理由に休職や業務配慮を求められるケースが増えています。背景には、長時間労働や人間関係の複雑化に加え、精神疾患への社会的理解が進んだこともあると考えられます。
 一方で、顧問先の企業からは、どこまで配慮が必要なのか、復職させるべきか、最終的に退職や解雇は可能なのかといった相談を受けることが少なくありません。
メンタル不調者への対応が難しいのは、人道的配慮と法的リスク管理の両立が求められることに加え、正解が一つではないという点にあります。身体の怪我とは違い、精神面の不調は状態の判断が難しく、医師の診断書もどうしても抽象的なものになりがちです。そのため、企業側が対応を誤ると労働者側から「配慮が足りない」という指摘を受けたり、退職・解雇の場面で「不当解雇だ」という紛争に繋がりやすいといえます。
今回は、メンタル不調に関して、企業側が考えておくべきことや取るべき対応等について説明したいと思います。

1 企業に求められる基本的な考え方-安全配慮義務-

 メンタル不調者対応を考える上で基本となるのは、労働者に対する安全配慮義務(労働契約法5条)です。
 使用者は、労働者が生命・身体・精神の安全を確保しながら働けるよう配慮する義務を負っています。1990年代以前は、もっぱら製造業や建設業を中心とした労働者の身体のけが(労災事故)を未然に防止するための労働環境の整備という側面で検討されることが多かった問題ですが、2000年代に入り、従業員が長時間労働や過重労働を原因として、心身のバランスを崩し、休職したり、最悪のケースでは過労自殺にいたってしまうケースが増加したことを受け、現在ではメンタルケアも含めた社員の心身の健康を確保することを含んでいると解釈されています。
 安全配慮義務違反は「結果責任」ではなく、裁判例でも「会社は従業員の健康を必ず守らなければならない」とまでは判断されていません。法律上問題となるのは、

 ・当時、使用者が把握していた(把握しえた)事情を前提に
 ・合理的な対応をしたか

というプロセスです。法的な表現を使うと「当該時点において把握し得た事情を前提に、合理的な範囲で危険を予見し、回避措置を講じたかどうか」が問題となるのです。過重労働の放置、明らかな不調サインの無視、不適切な叱責やハラスメントなどがあれば、使用者が安全配慮義務違反を問われる可能性がありますが、きちんと労働者の話を聞き、検討し、対応していれば、結果として労働者の症状が回復しなかったとしても、直ちに違法となるわけではありません。

2 企業が取るべき対応の流れ

⑴ メンタル不調の兆候の把握

 実務上よく問題となるのは、どの時点から使用者に「特別な対応」が求められるかという点です。つまり、「企業はどの段階でメンタル不調に気づくべきだったか」ということが、問題となっています。
 裁判例上、使用者に求められているのは医師のような専門的な判断ではなく一般的な管理監督者としての注意義務(管理職として通常期待される注意を尽くしていたかどうか)であるとされています。管理職であれば、部下の勤怠や具体的な業務遂行状況を把握できる立場にあると思います。その過程で、遅刻や欠勤が増えた、ミスが多くなった、同僚とのトラブルが増えた等の事情を把握できるはずです。そして、それらの事情が

 ・長期間継続しているか
 ・本人から体調不良の申告があるか
 ・業務量や人間関係との関連が明らか

といった点も踏まえて検討し、事情が重なっている場合には、本人との面談を実施して事実関係の詳細な把握や業務量や配置の確認等の対応を行うことが求められます。
 この初期の段階で重要なのは、上記のようなトラブルが労働者にあったとしても、すぐにメンタル不調と決めつけず、冷静かつ慎重に事実関係を把握した上で、その内容を記録に残すということです。

⑵ 診断書の提出

 上記⑴を経て、従業員がメンタル不調を抱えている可能性があった場合には、まずは医師による診断を受けてもらい、診断書を提出してもらう必要があります。診断書には、「うつ状態」「適応障害」などの病名に加えて「○か月の休養を要する」等の期間が記載されるのが通常です。診断書の内容を踏まえ、可能な範囲で本人からのヒアリングを行った上で、休職も含めて対応を検討することになります。

⑶ 業務起因性の判断(私傷病か労災か)

 従業員のメンタル不調が、私的な理由によるものか、業務上の理由によるものかによって対応が大きく異なります。私傷病として扱うか労災として扱うか、という点です。
 私傷病の場合は、就業規則に基づく私傷病休職制度を利用してもらい、健康保険から傷病手当金を受け取ってもらうことになります。一方、労災の場合は、労働災害補償保険を利用してもらい、労災保険から休業補償給付を受け取ってもらうことになります。
 労災になるか(つまり業務起因性があるか)を判断する際に重要となるのが(後の紛争予防という観点からも)、上記⑴での本人との面談を経た事実関係の把握及び業務量や配置の確認等に関する記録です。業務上のストレスや過重労働がないかを検討した上で、従業員に対応制度を案内すべきです。

※会社が私傷病であると判断した場合でも、後に労働基準監督署が労災であると認定する場合もあります。労災リスクとその後の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求リスクを低減するためには、労働時間管理の徹底が不可欠です。また、ハラスメント防止対策として、相談窓口の設置や研修の実施、ハラスメント発生時の厳正な対処等を規定し、実効性のある体制を構築しておくことも必要となります。これらの対策については、過去のブログでも解説していますので、ご参照ください(連載①パワハラの定義の再確認パワーハラスメント発生防止のためにどんな対策をしていますか?)。

⑷ 休職指示

 本項では、メンタル不調の理由が私傷病であった際の対応を説明します。
 メンタル不調が明らかになり、就労が困難と判断される場合、休職制度の運用が問題となります。上記⑶でも記載したように、私傷病を原因とする休職は、労働者に法律上当然に認められる権利ではなく、就業規則に基づく企業独自の制度です。
 そのため、

 ・休職できる事由
 ・休職期間
 ・休職中の賃金の有無
 ・期間満了時の取扱い

等については、就業規則にどのような定めがあるかが極めて重要となります。
 就業規則は労働者への周知義務がありますが(労働基準法106条)、詳しく制度を把握していない労働者も多いと思います。企業側は、就業規則の規定を示した上で、自社が定めている休職制度について労働者が理解できるように説明を行うようにしましょう。

※労働者が休職したくないという場合でも、医師の診断書があって休職をさせるべき場合には、休職命令を出すべきです。本人の意思であったとしても会社がそのまま働かせて悪化した場合には、安全配慮義務違反の責任を問われてしまいます。

⑸ 休職期間中の対応

 休職中も、労働者との間では雇用契約は継続しています。そのため、「休ませて終わり」ではなく、休職中も使用者は安全配慮義務を尽くす必要があります。
 企業側が対応に悩むのが、休職中に労働者とどの程度、どうやって連絡を取るべきか、という点です。過度な連絡は労働者のプレッシャーになりますが、全く連絡をしないと「見捨てられた」という誤解を生みかねません。目安としては、月に1回程度、メールや手紙など記録が残る方法で行い、連絡の内容は現在の体調の確認と事務的なもの(傷病手当金の申請に関するやり取り等)に留めるべきでしょう。
 継続的に診断書の提出をしてもらい、休職者の健康状況を客観的な資料から把握できるようにすることも重要です。

⑹ 復職可否の判断

 復職対応については焦らないことが最大のリスク対策だといえます。休職者から「医師から復職可能と言われた」という申出があった際にすぐに復職可能と判断するのではなく、

 ・本人の就労意欲
 ・医師の意見
 ・実際の業務遂行能力

を踏まえて、「現実的な就労可能性」を検討する必要があります。特に、診断書の記載が抽象的な場合には、業務内容を具体的に説明した上での医師からの意見聴取、産業医意見の活用、試し出勤(短時間勤務)、業務内容を限定した復職なども、本人との面談を通じて(場合によっては主治医との協議も重ねた上で)検討するべきです。休職者の性質やメンタル不調の内容によっても、試し出勤の向き不向き・具体的な内容が変わってくるところです。
 形式的な診断書だけで復職を認めたことが後々紛争に繋がってしまった裁判例も多いので、慎重に見極めたいところです。

⑺ 配置転換・業務軽減の必要性の判断

 メンタル不調者に対して配置転換や業務軽減を行うべきかも、悩ましい問題です。実際に配置転換や業務軽減を行うことができるかは、他の従業員への影響や、会社の規模・体制にもよるところです。
 この点についての裁判例の傾向としては、「無限定の配慮義務までは負わない」としつつも、「一定の合理的配慮を検討した形跡がない場合」には企業責任を認める要素として不利に評価されています。重要なのは、

 ・検討したかどうか
 ・検討した過程
 ・実施できない合理的理由

を説明できる状態を作っておくことです。最初から無理であると切り捨てるのではなく、結果として配置転換や業務軽減を実施できないとしても、なぜ実施できないのかを説明できるように、検討の経緯を記録として残しておくことが重要となります。

⑻ 休職満了後の退職・解雇

 休職期間満了後も就労が困難な場合、退職や解雇を検討せざるを得ないケースもあります。通常は、就業規則に基づき退職(自動退職)とするのが一般的です。この場面で重要となるのが、

 ・十分な休職期間を与えたかどうか
 ・復職可能性の検討が尽くされていたか
 ・配置転換等の代替措置が検討されていたか

という「プロセスの相当性」です。感情的・場当たり的な判断は避け、慎重なプロセスを積み重ねた上で就労が困難であると判断できる場合には、裁判例上も、就業規則に従った退職が有効と判断されてきています。

 

 以上、今回は、メンタル不調者に対する企業の考え方と取るべき対応について説明しました。この問題で最も重要でありながら軽視されがちなのが記録を残すことです。本人の申告内容、面談記録、業務配慮の検討結果、医師への意見照会・回答内容などについて、時系列で残されているかどうかが、後の紛争時の結論が大きく分かれます。経営者の皆様には、この点を意識していただきたいと思います。
 また、メンタル不調者に対する対策を実効性のあるものにするには、個別の対応だけではなく就業規則の整備や社内体制の構築といった組織的な取り組みも不可欠です。休職・復職に関して具体的な定めを設けることや、管理職が部下のメンタル不調の兆候を把握した場合の対応に関する研修を実施することなどで、トラブルを未然に防ぐことができるという点を強く意識していただきたいと思います。
 労働者のメンタル不調は、安全配慮義務違反を問われる可能性があるという法的な観点のみならず、生産性が上がらない、休職による人員不足を招くといった組織論の観点でも非常に大きな問題だといえます。厚生労働省は、「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」を公表しており、メンタルヘルスの4つのケアとして、①セルフケア(労働者自身)、②ラインによるケア(管理監督者等)、③事業場内産業保健スタッフ等によるケア(産業医等)、④事業場外資源によるケア(事業場外の専門家等)を掲げています。このような指針も参考にしながら、自社内の制度構築を考えていきたいところです。

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