今回の10つ目のテーマは、「遺産の使い込み」です。
相続が発生し、被相続人の遺産を調査していくと「思っていたより残高が少ない」、「親の遺産がいつの間にか使われていた」、「故人の生前から、誰かが財産を処分していた」などと不審に思うケースがあります。故人の遺産が生前あるいは死後に使い込まれてしまい、相続人の間でトラブルが発生するケースは、残念ながら相続の現場でよく起こる問題の一つです。
今回は、遺産の使い込みがよく起こるケースの紹介と、使い込みについて相手が認めない場合の証拠の集め方、返還請求の方法、気をつけるべき時効などについてお話をします。
1 よくある遺産使い込みとは
遺産の使い込みとは、被相続人の財産を管理していた相続人やご親族などが、その立場を利用して、亡くなる前や亡くなった後に、他の相続人の方々の同意を得ることなく、自身や特定の人だけのために、勝手にお金を引き出したり、財産を処分したりしてしまうことをいいます。特に親子間で発生する場合が多く、遺産分割の際にもめる原因となることがあります。
よくあるパターンは、次のようなものです。
⑴ 預貯金の引き出し
認知症や介護施設利用などにより親が自分自身で財産管理をすることが難しくなった場合に、管理をまかされた相続人の一人である子どもが、親の銀行口座から無断で預金を引き出し、個人的な支出に使用するケースです。使途は、物を購入したり、自分名義の口座に送金したり、自分のローンの返済に使ったり、ギャンブル、投資の資金に使い込んだりするなど様々です。
もっとも、同居をしていた相続人が被相続人の生活費の引き出しを依頼されていたという場合もあり、親の生活費・介護費等で必要な支出のために引き出した場合は、使い込みには該当しません。
⑵ 株式取引
相続人の1人が勝手に被相続人名義の株式の取引を行い、株式を売却して得られた売却金を自分名義の口座へ送金したりして使い込むケースです。もちろん、株式取引は他人が勝手にしてはなりません。しかし、ネット証券であれば、口座番号やパスワードがわかれば取引が可能です。
⑶ 生命保険の解約
生命保険を使い込む事例もあります。勝手に生命保険を解約し、解約返戻金を自分のものにするケースです。
⑷ 不動産の売却、賃料の横領
相続財産に含まれる不動産を、他の相続人の同意なく、よくわかっていない認知症の高齢者に契約書のサインをさせるなどして売却したり、アパートなどの賃貸経営で得た収入を自分の口座に送金しているケースです。不動産の取引は金額が大きく、遺産分割に深刻な影響を及ぼすことがあります。
2 使い込みが起こりやすい状況
遺産の使い込みは、次のような状況下で発生しやすくなります。
⑴ 相続人が複数いる場合
相続人が複数いる場合、遺産分割協議が紛糾しやすく、その混乱に乗じて遺産使い込みが行われる可能性が高まります。特に、相続人同士の関係が悪化している場合、情報共有が不足したり、不信感が募り、不正が行われやすい環境が生まれます。
⑵ 同居していた相続人がいる場合
被相続人と同居していた相続人は、他の相続人よりも被相続人の財産状況を把握し、アクセスしやすい立場にあります。そのため、遺産使い込みを行うリスクが高くなります。
また、被相続人から生前に金銭的な援助を受けていた場合は、他の相続人から疑念を抱かれる可能性も高くなります。
⑶ 疎遠な相続人がいる場合
疎遠な相続人がいる場合、遺産分割協議がスムーズに進まない可能性があります。連絡が取りづらかったり、遺産分割への関心が薄かったりする相続人がいると、他の相続人がその隙に遺産を使い込んでしまうケースも考えられます。
3 使い込みへは警察に相談すべきか
一般的には、他人の財産を無断で使い込む行為は「横領罪」や「窃盗罪」などの刑事罰に問われる可能性があります。
しかし、使い込みが被相続人の家族(配偶者や子ども、同居する親族)によるものであった場合には、被相続人の生前、死後にかかわらず法律で罰することはできません(「親族間の犯罪に関する特例」(刑法244条、255条)があり、配偶者、直系血族、同居の親族との間で窃盗や横領は刑が免除されてしまう。)。
4 使い込みの証拠となるもの
多額の遺産が使い込まれていれば、残りの遺産は大幅に減少するため、自己の取り分が減ってしまう相続人としては「使い込まれた分を取り戻したい」と考えると思います。
もっとも、使い込まれた分を取り戻せる事例と、取戻しができない事例があります。
⑴ 取り戻せる事例
使い込まれた財産を取り戻すには、使い込まれたことの証拠が必要です。証拠がなければ、相手は「使い込みなどしていない」などとして否認することが予想されます。
使い込みの証拠としては、以下のようなものが挙げられます。
●取引や金の流れを示す証拠
被相続人の財産が不自然に流失している事実を次のような証拠から示す必要があります。
・預貯金通帳、預金口座の取引履歴
・証券口座の取引履歴
・不動産の売買契約書、全部事項証明書
●被相続人の状態を示す証拠
次のような証拠から、被相続人が当時認知症になっていた事実を明らかにできれば、取引やお金の移動が被相続人の意思とは無関
係であったことを示すことができます。
・病院のカルテ
・医師が作成した診断書
・介護記録
⑵ 取り戻せない事例
ア 相手に資金がない場合
相手に返還や損害の賠償をするためのお金がない場合、法的には返還や損害賠償をしなければならなかったとしても、現実的
に取り戻せないことになります。「ない袖は振れぬ」という場合です。
そうならないようにするためには、遺産の使い込みの可能性が少しでもあるのであれば、被相続人の
死亡後すぐに金融機関に死亡の事実を伝え、被相続人名義の預金口座を凍結させることが重要です。場合によっては、使い込み
が予想される人物の名義の預金口座も仮差押さえをするなどの対応も必要です。
イ 時効が成立している場合
5⑶で述べるように、生前に使い込まれた遺産を取り戻すには不当利得返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求を行う
ことになりますが、不当利得返還請求は権利を行使できることを知ったときから5年または権利発生から10年、不法行為に基
づく損害賠償請求は損害発生と行為者を知ったときから3年で時効が完成します。
これらの時効が両方成立していたら、使い込みをされた遺産の取戻しは困難となります。
5 使い込まれた遺産を取り戻す方法
⑴ 交渉
一般的には、まず使い込みをした本人と話し合いをします。上記4に記載するような証拠を元に、使い込んだ時期や金額を示すことが重要です。
明確な証拠があれば、相手が使い込みの事実を認めて返還に応じるかもしれません。話し合いで解決すれば、時間や手間を削減できます。使い込んだ相続人にも法定相続分があるので、その分は差し引いて他の共同相続人の法定相続分に応じた割合で返還をしてもらう、ということになります。
もっとも、現実には認めてくれないケースも多いです。原因としては、不正な使い込みをしている自覚がない、被相続人の面倒を見ていなかった他の相続人に対して不満を抱えているなどが考えられます。
⑵ 遺産分割調停
被相続人の死亡から遺産分割までの間に、遺産に属する財産が処分された場合は、共同相続人全員の同意がある場合には、処分された財産も分割時に遺産として存在するものとみなすことができることになりました(民法906条の2第1項)。そして、共同相続人の一人または数人により処分がされたときは、処分をした相続人についての同意を得ることを要しないとも定められました(民法906条の2第2項)。調停で合意できて調停調書を作成すれば、訴訟の判決と同様の法的効力を有します。
もっとも、生前の使い込みについては、基本的には遺産分割調停の対象となりません。
⑶ 訴訟
生前の使い込みや、死後の使い込みで民法906条の2に記された条件に該当しない場合については、訴訟で解決する必要があります。法的根拠としては、不当利得返還請求権または不法行為に基づく損害賠償請求権を行使することになります。
⑷ 特別受益を主張する
使い込みと認められなくても、被相続人の意思に基づいて財産が移転したという場合には、特別受益が認められる可能性があります(特別受益については連載⑧参照)。
今回は、相続発生前後の遺産の使い込みについて、使い込みのパターン、使い込みが起きやすい状況、使い込みに関する証拠や使い込みがあった場合の対応等について説明しました。
遺産の使い込みがあった場合、相手方とのやり取りは感情的な対立となりやすく、冷静に話し合いをすることは困難であると思います。弁護士に依頼いただいた場合、法的な観点から相手の責任を明らかにし、証拠に基づいて返還を求めていくことで相手方が返還に応じる可能性が高まります。弁護士は、使い込み財産の調査、証拠の収集を行うこともでき、返還を受けた後にそのまま遺産分割協議を進めることも可能です。
また、遺産の使い込みを防ぐ対策としては、任意後見契約の利用や遺言書の作成(連載①参照)・相続人への説明などが考えられます。
遺産の使い込みが疑われる場合、反対に遺産が使い込まれることを防ぎたいという場合も、ニューポート法律事務所で適切に助言をさせていただきますので、是非一度ご相談ください。