ブログ

連載企画:「相続」について考えてみませんか⑨

 今回の9つ目のテーマは、「遺留分」です。

 前回、前々回は、法定相続分のとおりでは不公平ではないか、という場合の修正要素として寄与分と特別受益についてお話をしました。今回は、遺言や生前贈与によって、受け取れる遺産が少なくなってしまった場合の不公平を解決する手段として、遺留分のお話をします。

1 遺留分とは何か

 遺留分とは、相続人のために、遺産に対して最低限の保障がされている「一定の割合」のことをいいます(民法1042条)。
 法律上、被相続人は自身の財産を自由に処分することができます。そのため、生前贈与をしたり、特定の相続人に全ての遺産を相続させるという遺言を作成することも自由です。
 もっとも、全ての遺産を相続人の1人に相続させる遺言があった場合には、他の相続人は1円も手にすることが出来なくなってしまい、このような相続人を保護する観点から遺留分という制度が設けられています。

2 遺留分が認められる相続人の範囲と割合

 法定相続人(その範囲については連載③を参照)のうち、遺留分が認められるのは配偶者、子、直系尊属のみであり、兄弟姉妹には遺留分は認められません。もし、子が相続開始前に死亡していた場合は、その者の子(被相続人の孫)が代襲相続人として遺留分を有することになります。
 そして、各相続人が有する遺留分の割合は、「総体的遺留分の割合」×「法定相続分の割合」によって算出することになります。この総体的遺留分の割合は、直系尊属(父母や祖父母)のみが相続人の場合は3分の1,それ以外は2分の1となります。
 以下、具体的に考えたいと思います。

  【事例1】
   ・被相続人:父
   ・相続人:配偶者、長男、長女の3人
   総体的遺留分は2分の1になります。そして、配偶者の法定相続分は2分の1、子らの法定相続分はそれぞれ4分の1になりま
  すので、それぞれの相続人に保障されている遺留分の割合は、次のとおりになります。
   ・配偶者:2分の1(総体的遺留分の割合)×2分の1(法定相続分)=4分の1
   ・長男:2分の1(総体的遺留分の割合)×4分の1(法定相続分)=8分の1
   ・長女:2分の1(総体的遺留分の割合)×4分の1(法定相続分)=8分の1

3 遺留分が侵害されたときの請求方法

 被相続人が、遺言や生前贈与で財産を処分した結果、現実に受ける相続財産が、保障されている遺留分額に満たなくなることがあります。これを遺留分が侵害されているといい、この相続人から、被相続人から利益を受けた者に対して遺留分の侵害額に相当する金銭の支払いを求めることを「遺留分侵害額請求」といいます。
     ※2019年の法改正について
     民法改正前は、遺留分が侵害された場合には「遺留分減殺請求」をするとされていました。これは、対象となる財産を特定
     した上で、その財産自体の取戻しを請求するものでした。例えば、遺言で不動産を相続した相続人Aに対し、相続人Bが遺
     留分減殺請求をした場合、不動産を相続人Aと相続人Bで共有することになります。しかし、共有物は処分や使用するにあ
     たって他の共有者の同意が必要となる場面が多く、共有物をスムーズに活用できない事態になりかねません。そのため、2
     019年の法改正により、「遺留分侵害額請求」に改められ、遺留分を侵害された相続人は、金銭の支払いを求めることに
     なりました。
 では、実際に遺留分侵害額を算定し、請求を行う流れを説明します。

 ⑴ 遺留分侵害額の算定方法
   まず、遺留分算定の基礎となる財産の範囲を特定する必要があります。これは、次の計算式で算定することになります(民法1
  043条1項)。
    遺留分算定の基礎となる財産=①相続開始時における財産の価額+②贈与した財産の価額-③相続債務

   ②には、相続開始前10年間にした相続人に対する特別受益、相続開始前1年間にした相続人以外に対する贈与が該当します
  (民法1044条)。ただし、被相続人と受贈者の双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与については、その期
  間を問わず②に含まれることになります。
   次に、各相続人の遺留分額を算定します。これは、上記で算定した遺留分算定の基礎となる財産に、上記2項記載の遺留分割合
  を掛け合わせて算定をします。
   そして、相続人の取り分が遺留分に達しなかった場合、その差額が遺留分侵害額となります。この取り分は、被相続人の財産か
  ら現実に得た利益を指すもので、特別受益額と遺産分割によって取得する財産額を足したものから、相続債務負担額を控除して算
  出します。遺留分侵害額の計算式をまとめると、次のようになります。
    遺留分侵害額=各相続人の遺留分額-受け取った遺贈または特別受益−遺産分割によって取得する財産+相続債務負担額

     ※全ての財産を相続させる遺言がある場合の相続債務負担額
     通常、相続債務は可分債務であることから、相続によって当然、法定相続分のとおり負担するとされています(相続債務が
     100万円、相続人が子2人のみの場合、相続発生によって50万円ずつ債務を負担することになるということ)。しか
     し、全ての財産を特定の相続人に相続させるという遺言がある場合、通常は、プラス財産のみならずマイナス財産も含めて
     特定の相続人に承継させるという趣旨と考えられます。そのため、「相続人間においては」全財産を取得する人が相続債務
     の全てを承継すると考えられます。そして、この場合、遺留分侵害額の算定に当たっても、相続債務負担額は0円として計
     算することになります。
     ここで「相続人間においては」としたのは、相続人間内部の負担割合の問題に過ぎず、相続債権者との間では上記のとおり
     可分債務として法定相続分のとおり負担するという意味です(ただし、相続債権者が相続人間内部の負担割合を承認して請
     求することも可能です)。

 ⑵ 請求相手方の特定
  民法では、誰に対して遺留分侵害額請求をすべきかについて順序を定めており、次の順で請求する相手方を特定します。
  ・受遺者(特定財産承継遺言によって財産を取得した者を含む)
   →相続開始に近い時期に生前贈与を受けた者
   →相続開始から遠い時期に生前贈与を受けた者
   受遺者が複数いる場合は、遺贈の目的物の価額の割合に応じて、遺留分侵害額を負担することになります。

 ⑶ 請求手続
  上記⑴で自らの遺留分が侵害されていることが判明したら、上記⑵に従って特定した相手方に対して、不足した遺留分を金銭で支
 払うように求めることになります。通常は、書面(配達証明付きの内容証明郵便)で遺留分侵害額を請求する意思表示をするのが
 通常です。
  ここで注意してもらいたいのは、遺留分を請求できる期間についてです。連載②で説明したように、遺留分の請求ができるのは、
 相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間に限られています。相続開始から10年が経過し
 た場合も、請求ができません。
  協議により解決できない場合は、家庭裁判所に遺留分侵害額の請求調停を申し立てます。調停でも合意に至らなかった場合は、地
 方裁判所又は簡易裁判所に対して、遺留分侵害額請求訴訟を提起することになります。

4 具体的な事例解説

 では、次の事例について、考えていきたいと思います。
 【事例1】 
  ・被相続人:父(令和6年7月1日死亡)
  ・相続人:配偶者、長男、長女の3人
  ・遺言の内容:遺産(相続開始時の評価額8000万円)の全てを配偶者に相続させる。
  ・特別受益:相続開始の5年前に、長男に自宅購入資金として1000万円を生前贈与
        相続開始の2年前に、長女に自宅購入資金として500万円を生前贈与
  ・相続債務:銀行に対して200万円負債
 まず、遺留分算定の基礎となる財産を計算します。
 ①相続開始時における財産の価額は8000万円です。長男と長女への生前贈与計1500万円は相続開始前10年間にしたものなので加算し、相続債務200万円を控除すると、遺留分算定の基礎となる財産は9300万円となります。
 次に、長男と長女の遺留分を計算すると、9300万円×8分の1=1162万5000円になります。
 長男の取り分は特別受益の1000万円、長女の取り分は特別受益の500万円(相続債務について、相続人間においては全額を配偶者が承継するため評価は0円となる。)ですので、長男には162万5000円の、長女には662万5000円の不足があり、両者とも遺留分侵害が生じています。
 そこで、長男と長女は、それぞれ遺留分侵害額の請求として、特定財産承継遺言によって財産を取得した配偶者に対し、長男は162万5000円、長女は662万5000円を、令和7年7月1日までに請求するということになります。

 今回は、遺留分が認められる範囲や、具体的な遺留分侵害額算定方法について説明しました。   
 遺留分侵害額の請求は、書面ではなく口頭で行うことも可能ですが、上記3⑶のとおり期間制限があることから、配達証明付きの内容証明郵便で通知することがよいでしょう。ただ、一般の方にとって、内容証明郵便を作成することは敷居が高いものと思われます。また、上記【事例1】は分かりやすくするためにシンプルな事例を紹介しましたが、現実には、ここまでシンプルな事例は少ないです。例えば、前回説明したように、そもそも特別受益に該当するかどうかが争いとなって、遺留分算定の基礎となる財産がいくらかという点が簡単に決まらないということもあります。連載⑤で説明したように、不動産をいくらと評価すべきかが問題となることも少なくありません。遺言で財産を取得した者が親族ではない第三者の場合、そもそも話し合いの場を持てないということもあります。
 遺留分の請求期間は1年と限られているため、遺言書の内容に不満がある、遺留分を請求できるかもしれないと感じる方は、お早めにご相談ください。
 反対に、遺留分侵害額の請求を受けたが先方の言い値で払わなければならないのか等と疑問に思う方からのご相談も受け付けておりますので、ニューポート法律事務所までご相談ください。

関連記事

  1. 連載企画:「離婚」について知っておきたいこと(第3回)
  2. 連載企画:「相続」について考えてみませんか⑦
  3. 連載企画:「相続」について考えてみませんか④
  4. 連載企画:「相続」について考えてみませんか②
  5. 連載企画:「相続」について考えてみませんか⑩
  6. 連載企画:「相続」について考えてみませんか③
  7. 連載企画:「相続」について考えてみませんか
  8. 連載企画:「相続」について考えてみませんか⑤
PAGE TOP