今回の8つ目のテーマは、「遺産分割における法定相続分の修正(特別受益編)」です。
前回は、法定相続分のとおりでは不公平ではないか、という場合の修正要素として、共同相続人に通常の相続分よりも多くの遺産を承継させる寄与分についてお話をしました。今回は、もう1つの制度である特別受益についてお話をします。
1 特別受益とは何か
特別受益とは、共同相続人の一人が、特別な経済的支援を受けていた場合、その支援を相続財産に加算し相続分を計算する仕組みです(民法903条)。
特別受益が認められる場合には、その分の財産が前渡しされたものと扱われ、遺産に持ち戻して各自の相続分を計算することで、特別受益を得た相続人と、他の相続人の間の公平を保とうとするものです。
2 どのようなものが特別受益となるか
⑴ 遺贈
遺贈とは、遺言によって遺言者の財産の全部又は一部を無償で相続人等に譲渡することをいいます。遺贈は、原則として特別受益に該当することになります。
遺言で特定の財産を法定相続人の一人に引き継がせる場合、「相続させる」と記載することが多く、民法改正で特定財産承継遺言と呼ばれるようになりました。この特定財産承継遺言は遺贈ではなく遺産分割方法の指定であるとされていますが(最高裁平成14年6月10日判決)、その法的効果が遺贈と似ていることを考慮し、民法903条1項の類推適用により特別受益に該当するという考え方もあります(広島高裁岡山支部平成17年4月11日決定)。
⑵ 生前贈与
次に生前贈与ですが、被相続人の生前にもらったものであれば何でも特別受益となるわけではなく、条文上、「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた」場合を指すとされています。
①婚姻・養子縁組のため
かつては嫁入りや分家のため、「家」を離れるため、相続に先立って財産を前渡ししておくという風習があったため、それを特別受益であると想定していました。しかし、今日ではそのような風習は薄れており、常識的な金額である限り特別受益には該当しないとされています。
結婚式の費用や結納金が特別受益に当たるという主張がされることもあります。しかし、今でも「〇〇家」として招待状を出すことも多いように結婚式は家の行事の一環として開かれる側面もあり、挙式により費消してしまうことからしても特別受益には該当しないと判断されることが多い傾向です。もっとも、各相続人に出された結婚式の費用に不均衡がある場合は、特別受益に該当すると判断することもあり得ます。
②生計の資本として
生日プレゼント、記念品、小額の小遣いは特別受益には該当せず、遺産の前渡しといえるかが重要となります。一般的には、裁判所が特別受益と認めるハードルは高く、住宅資金の贈与等のように分かりやすいものでないと難しいのが実情です。
義務教育ではない大学などの学費負担が特別受益として争われることがありますが、親には子供を扶養する義務があるため、例えば国公立の大学学費などでそこまで多額の費用にならない場合には、親子間の扶養義務の一環として贈与には当たらないとされる審判例が多くあります。相続人間で著しく学費負担に差がある場合(海外留学、私立医学部など)は特に争いになりがちですが、黙示的な持ち戻し免除の意思表示(※後記3で説明しています)があると考えて最終的に遺産分割で考慮されないとされた審判例もあります(大阪高裁平成19年12月6日決定)。
その他、親が土地やマンション等の不動産を子供に無償で貸していた場合(使用貸借)、形式上は贈与ではありませんが経済的利益を提供していることを考慮し、賃料相当額を特別受益として認められることもあります。生命保険金については、原則として特別受益には該当しないとされていますが、著しい不均衡がある場合、例外的に特別受益だと見る余地もあります。
相続時精算課税制度を利用した贈与は、まさに遺産の前渡しであることから、特別受益に当たります。遺産分割や遺留分侵害額請求の案件では、相続税申告書が証拠として提出されるのが通常であるため、主張・立証もしやすいでしょう。
3 特別受益がある場合の相続分算定方法
次に、上記2のような特別受益が認められた場合、どのように相続分を算定すべきかについて説明します。
条文上は、「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、…(中略)…相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする」と定められています(民法903条1項)。この「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加え」ることを、特別受益の持戻しと呼びます。
一方、条文では「被相続人が…(中略)…異なった意思を表示したときは、その意思に従う」とも規定されています(同条3項)。これは、持戻し免除の意思表示と呼ばれるもので、特別受益を遺産分割において持戻す必要がない旨の被相続人の意思を尊重するためのものです。この意思表示は、生前行為であるか、遺言であるか、明示であるか、黙示であるかは問われませんが、実際には、遺言の文言や被相続人の生前の言動等から、被相続人の持戻し免除の意思表示の有無を判断することになります。
以下、具体例で考えていきたいと思います。
【事例1】
・被相続人の遺産:預貯金3000万円
・相続人:長男、長女、二女
・長女は生前、住宅購入資金として1500万円の贈与を受けている。
法定相続分で分けるとすると、子1人あたり1000万円ずつ取得することになります。しかし、それでは長女は住宅購入資金とあわせて2500万円を取得できることになり、他の相続人2人と不公平となります。
そこで、被相続人の遺産3000万円に長女が贈与を受けた1500万円を加えた4500万円を相続財産とみなします(これを「みなし相続財産」といいます)。そして、みなし相続財産に各相続人の相続割合を乗じて、具体的相続分を算定します。今回では、長男、長女、二女の相続割合はそれぞれ3分の1ですので、1人あたり1500万円を相続すべきことになります。ここから、生前贈与を受けていた長女については、その額を控除することになります。
結果、長女は生前贈与の1500万円で具体的相続分1500万円の全てを受け取っていたことになりますので、預貯金の3000万円は長男と二女の2人で1500万円ずつ受取り、長女は受け取れないということになります。
【事例2】
事例1の長女への贈与額が1800万円だった場合はどうでしょうか。
みなし相続財産は、被相続人の遺産3000万円に長女が贈与を受けた1800万円を加えた4800万円です。1人あたり1600万円を相続すべきことになりますが、長女はすでに1800万円を受け取っているため200万円を遺産に返さなければならないのでしょうか。
遺産分割における特別受益は、生前贈与を受けた相続人に、「相続分を受けることができない」(民法903条2項)と規定するだけで、既受領の遺産の返還までは要求していません。あくまで、今回の相続からは受け取れないだけですので、結局、預貯金の3000万円は長男と長女の2人で1500万円ずつ受け取ることになります。
もっとも、他の相続人の遺留分が侵害されるほど大きな生前贈与がなされている場合は、遺留分侵害額請求の問題になります(遺留分については、次回以降にお話しする予定です)。
4 特別受益の主張方法
特別受益の主張方法は、寄与分の場合と変わりません。
まず当事者間で協議をし、協議がまとまらない場合は、遺産分割調停の中で「相続人の誰々には、特別受益があるので考慮すべきだ」と主張することになります。調停でも話がまとまらなかった場合には、自動的に審判手続に移行し、当事者の主張を踏まえて家庭裁判所が生前贈与等の有無や特別受益の該当性を判断することになります。
今回は、特別受益に該当するものや、特別受益があった場合の相続分算定方法について説明しました。
上記3では、シンプルな事例を紹介しましたが、事案によって特別受益と認めるかどうかの考慮要素は様々です。例えば、上記【事例1】で「長男は私立大学に進学し、その学費550万円を被相続人が負担した。長女は大学に進学したが、学費は自身で奨学金を借りて支払った。二女は高卒である。」という事情があった場合は、どう考えるべきでしょうか。上記2⑵②からすると、大学の学費は親の扶養義務の範囲と考えられ、特別受益には該当しないともいえます。しかし、長女や二女も大学進学を希望していたにもかかわらず、被相続人が長男だけにしか学費を出してくれず、長女は奨学金を借りることになり、二女は大学進学を諦めた場合は、長男の学費の負担の特別受益該当性を認めなければ不公平のようにも考えられます。
このように、特別受益と認めるべきかの判断は分かれるところであり、相続人同士の協議ではなかなかまとまりにくい側面があります。相続人間で、感情的な意見の対立が起こりやすい場面の典型例とも言えますので、遺産分割の調停・審判を申立てることの検討が必要となります。
ニューポート法律事務所では、個々の実情にあった具体的なアドバイスを行わせていただきます。他の相続人に特別受益として評価される遺贈又は贈与があるといえるかの判断について悩まれている方、特別受益を主張して有利に解決を図りたい方などは、一度ご相談ください。