※ 前回(事業承継、一緒に考えてみませんか?⑤)からの続きです。
今回は、前回に引き続き、事業承継に向けた5つのステップのうちのステップ4「M&Aの工程の実施」とステップ5「M&Aの実行」をさらに深掘りしていきます。
DDを実施すると、買収対象の会社について色々なことがわかってきます。例えば、役員報酬を決定する株主総会を適法な手続のもとに実施されていなかったり、株式譲渡を承認する取締役会決議をした議事録が残っていなかったり、取引先や不動産の貸主との契約書の中に「主要な株主が変更されたときは契約を解除することができる」という条項(これをチェンジ・オブ・コンゴロール条項、略して「CoC条項」といいます。)があったり、資産として計上されている債権が実は焦げ付いていたり、第三者と紛争を抱えていて損害賠償義務を負うかもしれなかったり、などです。また、事業承継後も承継前と変わらず事業を継続できるような人的体制を維持できるかどうかも非常に重要です。
このようなDDの結果を踏まえて、売り手と買い手との間で最終契約の交渉をすることになります(もちろん、DDの結果次第では、「思ったほどシナジーがない」「内在する法的リスクが大きすぎる」などの理由で、買収自体を断念することもあります。)。
DDによって財務上の問題点や損害賠償リスクが発見されたときは、買収対価の額を調整することで対応することがよくあります。また、株式を売り手から買い手に確実に権利移転することができないおそれや、株主から株主総会決議取消・無効確認などの訴えを起こされたりするおそれといった法的リスクが発見されたときは、将来そのような紛争が起こる可能性はまずありません、もしあったときは契約をひっくり返されても異議はありません、という趣旨の約束(これを「表明保証」といいます。)を売り手にしてもらうことで対応します。例えば許認可が取り消されたりするリスクや、事業継続の上で引き継ぎまでにクリアしておかなければならない課題などが発見されたときは、「クロージング条件」といって、後ほど説明する「クロージング」を実施するための条件を設定し、この条件をクリアしなければ最後の取引の実行=お金のやり取りはできませんよ、という合意をすることで対応します。
さらに、最終契約書では、DDで発見されたリスクへの対応以外にも、売り手の役員の処遇や、売り手の代表者による金融機関への保証の解除、役員との貸付金・借入金の処理等、そして最終の取引の実行日(クロージング日)についても規定されます。このようにして、売り手と買い手の間で、買収のスキーム(株式譲渡なのか事業譲渡なのか、など)、買収対価の設定、表明保証、クロージング条件、その他の条項について合意がまとまれば、株式譲渡契約書(よく株式譲渡契約書の英語表現であるStock Purchase Agreementの頭文字を取って「SPA」と省略されます。)や事業譲渡契約書の形にして双方が調印します。
最終契約書が締結された後は、最終契約書で設定されたクロージング日におけるクロージングに向けて、売り手・買い手双方で各種の手続が行われます。
その最も基本的な手続が、売り手側の株式譲渡承認や、買い手が法人である場合の内部での承認手続です。日本の中小企業は、そのほとんどが非公開会社、つまり会社の株式を譲渡するには、その会社の株主総会、取締役会、代表取締役のいずれか(承認機関は法令や会社の定款によって異なります。)の承認を必要とする、ということが定款で定められている会社です。このため、売り手側は最終契約後クロージング日までの間に、譲渡承認を株主総会や取締役会で議決する必要があります。同じように、譲渡スキームが「事業譲渡」である場合には、売り手側は原則として株主総会特別決議による承認が必要です。当事者が株式会社である場合には、その会社にとってその事業承継が「重要な財産の処分/譲受け」であれば、取締役会決議が必要になります(取締役会設置会社の場合)。このように、会社法上、株主総会や取締役会など一定の会議体での承認決議が必要とされている場合、その議事録を提出することがクロージング条件とされることがほとんどです。
他にも、重要で替えが利かない取引先(原材料の仕入元等)との取引継続の承諾や、事業承継後も問題なく事業を継続するための許認可の手続、事業継続のためのキーパーソンの同意の取得などがクロージング条件となり得ます。
このようなクロージングに向けての諸手続には法的な面での処理が必要となるため、ここでも専門家が関与していくことが望ましいです。
クロージング条件をクリアし、無事クロージング日を迎えたら、各種書類(クロージング条件である議事録等)や印鑑、通帳、不動産の権利証などの重要な物品の授受、株式譲渡・事業譲渡代金の支払い、退任取締役への退職慰労金の支払いといった「クロージング」を行います。
このクロージングを完了すると、M&A取引は一区切りを迎えます。しかし、実際には承継後の方が重要です。「ポストM&A」といって、買い手は承継した事業と従来経営していた事業との間で組織や企業文化の統合を図ったり、仕入元を一本化したり、システムを統一したりなど、一つの企業体として効率化・シナジーの最大化を図り、そのM&Aを成功に導かなければなりません。このポストM&Aが実現して初めて、M&Aは成功したということができます。
さて、今回まで6回にわたって事業承継(M&A)について特集してきましたが、いかがでしたでしょうか。「大変だ」「難しい」と感じられた方も多いとは思いますし、実際に簡単なものでないことは確かです。ただ、事業を売る・買うということは、経営者にとって非常に大きな決断であり、そのためにクリアすべきハードルと考えれば納得もいくのではないでしょうか。そして、これが成功すれば買い手の事業は拡大し、社会にとっても重要なインフラとしての企業が維持されます。だからこそ、マッチングからクロージング、ポストM&Aまでの全ての過程において、売り手・買い手のミスマッチや手続面でのミス、リスクの見落としなどが起こらないようにしなければなりません。そのために、マッチングプラットフォームや公認会計士・税理士、弁護士などの支援者がいます。
ご自身が事業承継(M&A)を活用して事業の拡大をしたい、或いは同業他社から会社の後継ぎを打診されているという方がいらっしゃいましたら、公的な事業承継の支援機関や民間の事業承継マッチングプラットフォームと連携して、事業承継関連の法務に取り組んでいる弊所に、お気軽にご相談ください。